2016.03.07高校卒業式

3月3日、桃の節句の日に、高校の卒業証書授与式を行い、卒業生472名の門出を祝った。整然とした中にも心温まるものが感じられる式となった。卒業生の良き人生を心より祈る。 校長の式辞で何を話すか、毎年いろいろ考える。悩むこともあるが、今年は哲学者の鷲田清一氏が朝日新聞に掲載されている「折々のことば」を使わせていただいた。以下、今回の式辞の中から、その部分だけ抜き出してお見せする。 『けれども、全てのことがいつも順調に進むとは限りません。挫折することもあります。自分自身に失望してしまうような時もあるかもしれません。そんな時はどうしたらよいのか?完璧な答えなどはないのですが、ヒントになる言葉を紹介します。 ある新聞に、鷲田清一さんという哲学者が「折々のことば」という連載を毎日掲載されています。古今東西の著名人の言葉の一部を引用して、短い解説をつけるというものです。その「折々のことば」の第251回に、こんな言葉が引用されていました。少し難しいかもしれませんが、聞いてください。 「自己のアイデンティティとは、自分が何者であるかを、自己に語って聞かせる説話(ストーリー)である。(R・D・レイン)」 “identity”という単語はセンター入試レベルの単語だそうですが、同一性とか自己同一性などと訳されていて、いささかわかりにくい言葉です。ここでは「自分が自分であること」くらいに解釈しておきます。 そして、鷲田さんはこの言葉を次のように解説しています。 「個人のアイデンティティ(同一性)とは、自分がこういう人間であると納得できるストーリー、いわば人生の軸となるものだ。だが、それは人々のあいだでもまれ、翻弄される中で幾度も根底から揺るがされる。人生とはだから、自分を組み立てている物語を一度ならず語りなおしてゆくプロセスだといえる。」 この鷲田さんの解説を、自分なりに解釈してみますと、どんな人でも、自分という人間はこういう人間なのだ、と思っています。つまりこれがストーリー、物語ということですね。少しくらい自信だってあるかもしれません。けれども人生、順風満帆な時ばかりではありません。何事かにぶつかって挫折してしまうことだってある。そんな時は、自信もなくなり、自分が実に情けない、頼りない存在に思えてしまう。どんな人でもそんな時が必ずあります。そういう時どうしたらよいか。苦しいけれども、ありったけの勇気をふりしぼって、前に進んでいくしかありません。苦しくとも逃げずに、ともかく進んでいきます。するとそれまで全く気づかなかった、思わぬ道が開けてくることがあります。ともかくチャレンジする、自分の持っている力を全部使ってみる。すると新たな道が見えてきて、物ごとが良い方向に向かっていく。そんなことがあります。それは、別の言葉で言えば、「新たな自分を発見する」ということでもあります。鷲田さんが言うように、「人生とはだから、自分を組み立てている物語を一度ならず語りなおしてゆくプロセス」である。つまり現実の課題にぶつかって、苦しい思いをしながらも、その課題を乗り越える過程で自分という人間が変わっていく、そして成長していく、人生にはそんなことが何度でもあるよ、と言われているのだと思います。しばらく前に読んで、印象に残る言葉でしたので、皆さんに贈る言葉として紹介してみました。』 鷲田さんが引用した、R・D・レインという人は、アメリカの著名な精神科医。引用文は少し難しいかなと思ったが、思い切って使ってみた。少しくらいわかりにくいところがあっても、それはそれでいいと考えた。23日は中学の卒業式。今度は何を話すか、また準備しなければならない。